2016年

3月

15日

「いのち」と「学校」の重み…

 

本来、比べるべきものではないはずの、このふたつの言葉…。

「いのち」と「学校」


現代は、「いのち」よりも「学校」の方が「重い」…

そう感じざるを得ない子どもたちが

多いと言えるのかなあ…??? と思えることが多々・・・。


「学校」へ




この言葉を聴くことが多いので、

ちょっぴり親子関係に詳しい先輩母…として

これまでの経験から感じていることをまとめておきたいと思います。



そして、この言葉が気になる皆さんに、

ここで思いだしておいていただきたいのは…

「みにくいアヒルの子」のお話‥。

「みにくいアヒルの子」と思われていても、

いつかきっと白鳥になって羽ばたいていきますよね♪





さて、摂食障害について、私がお話をお聴きしたことがあるのは、中高生の女の子たち…。

とてもピュアで、まじめで、良い子たちなんです。



お姉ちゃんとして、小さな頃から

その時の年齢以上に頑張ってきたという印象があります。



それが、ちょっぴり早くから頑張りすぎたところもあって…

妹や弟の年齢が近いと、まだ1歳や2歳の段階で、

実は、子どもたちが一番お母さんに甘えたい時期に妹や弟が生まれて、

お母さんのおっぱいやおひざを譲ることになり、

「お姉ちゃんだから…」と遠ざけられて、我慢せざるを得ない状況に…。



この時、男の子たちは割と「嫌だ~っ!」と反抗しやすいのですが

女の子の場合は、もう分別がついてしまっていたりして、

優しさを持って、お母さんが大変そうなのを察知するので、我慢ができる…

けれど、その関係は日々、ずっと続いていくわけです。




妹や弟の立場であれば、お姉ちゃんやお兄ちゃんよりも

自分が優先してもらえる「スペシャル感」を感じることができるのですが、

長子(一番上のお子さん)には、意図して作らなければ、

その「スペシャル感」を感じられる瞬間がない

だから、いつも自分は「我慢」をして、「いい子」でいなきゃ行けない存在…。

妹や弟のようにわがまま言えたらどんなに楽か…



まじめで優しいお子さんほど、甘えたいけど甘えられない、我慢しなきゃ・・・と

その頑張りがずっと積み重なっていって、十年以上経ったある時、限界点を迎える・・・


中高生期は、勉強おストレスもあるし、友人関係など

他のさまざまなストレス要因も重なりますものね…。



限界点を迎えたときに、その思いを「反抗」という形で外に出せたら良いのでしょうが…

賢くて優しいお子さんほど、「理性」がそれを止めてしまって


外に出るべき「反抗」のエネルギーは「内」に向かい

中には、「食べられない」「一度にたくさん食べて嘔吐してしまう」

…という形で表れているように見えます…。




精神科や心療内科で「摂食障害」という診断を受けるケースもあります。

その場合、保護者の皆さんはどうしたら良いのでしょう???


まずは、皆さんの「心配」な感情をちょっと脇へ置いておいて、

お子さんの様子をできるだけ客観的に観察して、

それを医師にしっかり伝え、よくよく相談しましょうね!



心配な気持ちばかりが先だってしまうと、状況を客観的に医師に伝えられなくなります。





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